あそちゃんの白血病闘病記

2019年9月30日に発覚した、慢性リンパ性白血病の闘病記です。

慢性リンパ性白血病闘病記4

今日は阿蘇神社にお祓いに行った。病は気から。神頼みとバカにしてはいけない。みえないなんらかの力というのは、本人の気持ちから沸き起こるものでもあると私は思っている。そういう何かに頼る、お願いするという行為が気持ちを穏やかにし、心身を癒やすのではないだろうか。

ところで病は気からなのだが、ここ数日ずっと頭が重い、というかちょっとめまいのような症状が続いている。気のせいと思っていたが、もしかすると私は高血圧なのかもしれない。一昨日から早朝血圧を測っているのだが、毎日最高血圧が150を超えている。これは立派な高血圧である。この症状がずっと続くようなら、T先生に相談してみよう。結局は降圧薬を飲み続けないといけなくなるかもしれないけれど・・・

さて、私など余命を宣告されたわけでもないし、5年生存率が何%だとか告知されたわけでもない。治ることはないが長期に渡って闘病しなさいと言われただけだ。

私は多くの人を見送ってきた。父母もガンで亡くなった。従姉も40代でガンでなくなった。そして多くの友人、知人。

その中で最近見送った二人の人のことが頭に浮かんでくる。

私の大学時代の恩師のS先生。ある基礎医学講座の助手だった女性の先生である。大学は数年で辞め、その後は薬剤師として働いていた。

彼女は胃ガンで亡くなった。きちんと定期検診は受けていたようである。一度は手術をしたような話も聞いた。そして再発なのか、あるいは医療ミスなのか重度の胃ガンになり悪化して亡くなった。

彼女の両親はすでになく、独身だったから一人で闘病していた。私の友人のU先生(女性)が、一人で闘病している彼女を訪ねた時には、淡々と自分の病気を受け入れて、死後の準備をあれこれとやっていたという。
U先生の方が思わず泣いてしまったらしい。

S先生、なんでそんなにしていられるんですか?なんでそんなに強いんですか・・・

だって、仕方ないじゃない。

そうなふうに、しっかりと答えたのだという。

亡くなる少し前に、私も彼女のアパートを訪ねた。彼女は喜んでくれた。そして、

麻生先生にはね、すごくつまらないものばっかりだけど、色々受け取ってほしいの。これと、これと、そうだこれも持って行ってくれる。いらないなら捨てるけど。

S先生、もらいます。先生の大事にしていたものだから。

そう。嬉しいな。私の蔵書はね。福岡の薬剤師会の蔵書として寄付しようと思ってるの。もっともっと自分の人生は長いと思ってたけど、こんなことになったからね。まあ仕方ないわよ。

たわいもない話をして、彼女のアパートを去る時に彼女に私は言った。

先生、頑張って、みんな応援してるよ。頑張ってって月並みだけど・・

うん、うん。ありがと、ありがと。

彼女は強い人だった。亡くなる数ヶ月前に、随分と具合は悪くなっていたのに、薬剤師会主催の講演会の講師を務め、しっかりとした受け答えで講演を終えた。彼女の最期の大仕事だったと思う。

亡くなる前日に、ケア病棟にお見舞いに行った。やせ細った体でも、椅子に座って応対し、くだらない冗談を飛ばしていた。

次の日に彼女の世話をしていた女性から、S先生が亡くなったことを知らされた。

自分の病気、余命を受け止めて、きちんと身の回りの整理をして亡くなった強い人だった。

もし自分が同じ立場だったとしたら、とてもあんな振る舞いは出来ないだろう。

S先生、貴女は最期まで、すごい人でした。貴女のことはずっと忘れません。

 

もう一人、同級生であり、技工士として私の仕事を支えてくれたOさんのこと。

それは長くなるのでまた次回に。