あそちゃんの白血病闘病記

2019年9月30日に発覚した、慢性リンパ性白血病の闘病記です。

慢性リンパ性白血病闘病記2

さて検査である。採血は痛くもない。

骨髄穿刺検査。これが問題。痛いという話も聞いた。息子が小さい頃に脳髄膜炎になって骨髄液の採取の検査を受けた時はものすごく痛がって泣いたのを覚えている。

担当医のT先生の説明によると、うつぶせになって腸骨から骨髄液を採取するということである。腰のあたりに局所麻酔をして腸骨に針を突き刺して採取するらしい。話を聞いているだけで痛そうである。

採血の後、骨髄穿刺検査をするためのベッドのある部屋に案内された。様々な検査の後で休養している人や、点滴を受けている人などがいる、病室のような部屋の奥のベッドに横になって待つように言われた。

しばらくすると男性医師がやってきて、検査についての説明があり、同意書にサインするようにという。サインをした。

うつぶせになって、まずは消毒である。左の腰のあたりがヒヤリとする。

では局所麻酔しますね。

最初の針のチクッとした痛みだけ、その後の骨髄液の採取は腰が引っ張られるような感覚だけでさほどの痛みはなかった。こんなものなのか、あっけなく終わった。

痛かったですか?

いいえ、大丈夫です。

我慢強いですね。きちんと採取出来ました。

そして20分くらい待って、次はCT検査である。

しかし腹がペコペコである。CT撮影室への予約だけして、昼食を食べに行った。

医大病院の食堂で、豚の生姜焼き定食を食べた。美味かった。朝から何も食べていなかったからなおさらである。

昼食後、CT検査室へ行き、すぐに撮影は終わった。

さてそれからが、随分と長い時間待たされた。いやな時間だった。

3時過ぎくらいに診察室に通された。

結果が出ました。慢性リンパ性白血病ですね。今は特に身体に悪影響を及ぼす具体的な症状は出ていません。この病気は完治しません。薬を使って体を痛めつけることになっては逆効果ですから、この段階では経過観察です。

経過観察って、何もしないんですか?

何もしないわけではありません。経過をみて治療する方がベストということになれば、治療に入ります。次は2週間後に採血をして経過をみます。それから染色体に異常がないかを見ますが、この結果が出るのは次回の来院時になります。染色体に異常があれば治療は難しく大変になります。

わかりました。それでは次回よろしくお願いします。まだまだ死にたくないですから、先生よろしくお願いします。

当たり前ですよ。まだまだ仕事も出来ます。旅行にも行けますよ。麻生さん、私の患者さんで白血病が原因で亡くなった人は2人しかいません。大丈夫ですよ。薬も進んでいます。

そうは言われても帰宅してから、いやな時間が過ぎていった。いったい自分の体はどうなっていくのだろう。染色体に異常があったらどうなるのだろう。予後不良ということになったらどうしよう。自分に残された人生の時間はいったいどれくらいなんだろう。様々な不安と怒りと諦めのような気持ちが、ぐるぐると頭の中をめぐる。イライラする。もうどうなってもいいや。いやいや、もっと生きたいよ。まだ自分の人生終わりにしたくはない。

夜になると不安な気持ちに襲われて、ドキドキした。それでも睡眠不足などにはならず腹は減る。よく食べられる。案外俺って強いのかしら。

そして、いつもと変わらず朝は自転車に20キロくらい乗り、夜は5キロをランニング。別に体はきつくもなんともない。俺って本当に白血病

むしろお母ちゃん(妻)の方が不眠になり食欲をなくして、元気がなくなった。

そして色々とこんな時に限って予定が入っていた。

10月4日には、中山うりさんのライブにお母ちゃんと出かけた。音楽聴いて元気をもらった。お母ちゃんもちょっと元気になった。

10月5日~7日には東京、鎌倉、湯河原温泉、横浜と観光してきた。昔の旅仲間たちに再会して楽しい旅だった。仲間たちから元気をもらった。

だが旅から帰ったある夜、突然恐怖と悲しみが襲ってきた。泣けた。久しぶりだな、泣くなんて。ちょっと泣いたら気分も晴れた。なるようにしかならないさ。

そして10月13、14日は保団連医療研究フォーラムに参加するため大阪へ出かけた。大阪の川のクルーズ。友人に会って、新世界を歩きたこ焼きを食べ、フォーラムに参加して勉強し懇親会も楽しんだ。

なるようにしかならないさ。そう思いながら、2回めの通院日17日がやってきた。